今回も清志郎さんに関しての内容ですが、最高に嬉しい報告です。
今週月曜日(5月25日)に『ROCKIN`ON JAPAN特別号
忌野清志郎 1951−2009』(6月5日刊行)の担当の方から
僕が撮影したRCサクセションのライブ写真が編集部にあり、
その掲載確認のための連絡がありました。
この特別号はいちファンとして、とても楽しみにしていたので
もちろん喜んで承諾しました。
同時に僕も良い機会だと思い(本の編集進行的にはすでに遅いはず、,,汗)
、以前このBLOGで述べた写真の話しをしました。
ブログでは「ボスと社長」と書きましたが、
これは清志郎さんとミック・ジャガーの(歴史的な)2ショットのことなのです。
90年のローリング・ストーンズ初来日時に清志郎さん、ミックと会っていますが、
この時の写真、タイミング等のちょっとした問題でこれまで未発表なのです。
(清志郎さんご本人には当時お渡ししました)
さっそく写真を送るとクールで百戦錬磨のrockin `onの方々から
興奮ぎみのリアクションが、、、
しかしここから(この仕事、業界で特徴的な)高いハードルが出現することとなります。
僕としては20年に渡るストーンズとのつきあいでの経験値から、このカットは
このまま掲載しても良いだろうと判断しました。
しかしrockin`onサイドとしてはやはり何かあるとたいへんなので、
ミックのマネジメントからの許可が必要とのこと。
たしかに僕のような立場とは違うrockin`on社のしっかりとしたチェック体制
〜危機管理意識もまったく正しい、
と思い、ミックのマネジメントへ写真を添付して
追悼のための掲載許可申請のメールをしました。
これが火曜日の夜です。
写真を掲載するか否かのデッドラインは金曜朝一とのことで、
すでにダメもとでのトライです。
ちなみに僕のストーンズ公認ライブ写真集『LIVE ALBUM 1990-2006』の最初の
制作許可申請へのミックからの承諾レスは一週間後でした。
これでも日本のレコード会社の担当者は早い!、と驚いていました。
このように返事が最短でも一週間だと仮定すると、たとえOKだとしても
(むしろOKなのは僕としてはわかっているわけですよ、、、ってしつこい?)
もう間に合わないわけです。
幸いなことにミックのマネージャーからすぐに返信がありました
→良い流れの予感、、、、。
「もう少し情報(ディテール)がほしい」とのことで、
ある程度詳しく日本における清志郎さんのKING OF ROCKな存在、
いかに彼がミックを好きか、そしてミックとの2ショットが
彼自身や日本のROCK FANに重要な意味を持つのか、などを追加して送りました。
すると「よく判った、これはミックに判断してもらうので結論はまた追って」、
とマネージャー
→そ、そんなーーーーー、、、、。
ミックはいつ、どのように確認してくれるのか?、これはもう全く分らない世界です。
どちらにせよ返事は締め切りには間に合わないでしょう、
しかし結果僕の連絡によってミック本人に清志郎さんの偉大さと、
日本での(僕も含めた)訃報の悲しみを伝える、
もしくは意識してもらえることになるわけで、
そう思うとなんだか清々しい気持ちにもなりました。
これが水曜の朝です。
午後にはrockin`onからストーンズの現レコード会社の担当の方、そして
ありがたいことに清志郎さんのマネジメント・オフィスの、
ミック・サイドがOKなら是非2ショット写真を特別号に掲載してほしい、
との意向が伝わってきました。
そして夜、ミック・サイドから「ミキオの説明内容での使用を許可する」との
奇跡のような速攻レスが届きました。
上記のように、ビジネス的な流れで考えるとありえない早さです。
rockin`onの担当者にすぐ報告したのは言うまでもありません。
それから妻と感動のあまり共に泣きました(笑)。
清志郎さんが、「おいアリガっ、あのミックとの写真絶対載せようぜ!」
とチカラをかしてくれたんだと(マジで)思います。
ストーンズのカメラマンは世界中でたくさんいます、
そしてRCや清志郎さんのカメラマンは日本でたくさんいます。
でもストーンズとRC〜清志郎さんを両方撮っているカメラマンは
僕だけでしょう?
そんな僕のROCK&ROLL HERO2人がならんだ最高のカット、
是非5日に見て下さいね!!!
このような素晴らしい感動体験を与えてくれた清志郎さんと
rockin`onの皆様、そしてなによりSir Mick Jagger氏に改めて感謝します!!!
「どうもありがとーーー!!!」
そして相変わらず清志郎さんの写真データ化整理も続行中です。
すでに100点!
あと30点くらいはありそう、、、
こちらも今後なんらかで発表していきたいと思っていますので
よろしく!!!
